pepsiのブログ@hatena

-動物と人とのより良い未来のために-

学校飼育動物のボランティアからの提言。"じゅげむ"と重複します。

少し厳しいこと書かせて頂きますね。

学校飼育動物のお世話に携わって10年になろうとしています。

一つ目が自分の子どもたちがお世話になってた小学校。

もう一つが、その小学校からもらわれて行った先の市内の小学校。

初めの小学校ではもう飼育動物として動物は飼っていません。

二つ目の学校ではもらわれてったうさぎは2匹とも亡くなり、今はクジャク一羽のみ。。

そもそも学校という教育機関で動物を飼うってどういうことなんでしょうか?たまに市営の動物園などの話も聞きますが、専門性を持たない職員がたまたま飼育に携わる事で、いろんな不都合が生じてきます。

そしてそれを見るに見かねた市民が、「仕方なく」自分たちの時間を「削って」一時的にせよ飼育放棄された動物たちの世話をしている。。

これは何も私が行かせてもらってる学校に限った事ではありません。

こうしたある意味「不条理」は、一体どこから来てるかといえば、

「素人が公共施設で動物飼ってるから」。

この事を、文部科学省教育委員会、末端の学校や担当の職員、皆が知っておかなければならないと思います。

そして動物の「命」を、学校の「物」として扱っている所も考え直さなければなりません。

動物に愛情を込めて飼育するかは別として、必要最低限の餌や水の管理、飼育室の衛生環境への配慮等を、「忘れた」や「誰かがやってくれるだろう」、もしくは「この程度なら死なないだろう」という意識で担当者がやっているなら、これはとんでもない間違いです。

まず、そこに気づかなければなりません。一日たりともそういう日があってはならないのです。

そういった管理者の意識や態度は、必ず子どもたちに伝わり、彼らも「この程度ならサボっても見つからないだろう」、「汚いから残りは誰かにやってもらえばいいや」という無責任の連鎖につながり、最後はそれを見るに見かねた子が世話をしに行く。。それを職員は全く気づかないか、薄々気づいても知らぬふりをしてやり過ごす。。

ボランティアは、そこに手を貸してはいけないと思うのです。

一度、管理者の長にしっかりと現実を見て頂いて(掃除をサボった子が続いてたとえ飼育小屋がどんなに汚れていても)、そこから飼育の当事者(ここでは学校や子どもたち)が本来どうすべきなのか、

文科省の担当者、教育委員会、保護者を含む学校関係者全てにこの記事を読んで頂き、しっかりと襟を正して考えてもらわないといけません。